古典派シンフォニー

百花繚乱

 

シモン・ルデュック

Simon Le Duc 1742-1777


 1763年から翌年にかけてパリを訪問していたレオポルト・モーツァルトの旅行記で「彼はうまく弾く」と評されたのは、ヴァイオリン演奏と作曲の才能に恵まれたパリ生まれのシモン・ルデュック。たった一言ですが、辛口の批評ばかりのレオポルトに認められたのですから、腕前は確かだったのでしょう。
 1759年に〈コンセール・スピリテュエル〉の第2ヴァイオリン奏者として活躍を始めていたルデュックは、63年からは第1ヴァイオリニスト兼ソロ奏者となりました。〈コンセール・スピリテュエル〉が器楽作品の上演に力を入れはじめ、ヨーロッパ中でも屈指の存在感を示し出す1773年には、ゴセックとガヴィニエスと共にこのオーケストラの監督に就任します。ルデュックに残された時間はわずかでしたが、〈コンセール・スピリテュエル〉で自身がソリストとなり演奏されたのでしょう。ヴァイオリンのためのコンチェルトや、ヴァイオリンソナタ、ヴァイオリンのデュオ作品、弦楽三重奏曲などが残されました。弦楽四重奏曲は惜しくも紛失。

 人望も厚かったというルデュック。彼が亡くなった直後、〈コンセール・デザマテール〉というもうひとつの有力なパリのオーケストラが彼のシンフォニーを練習中に、指揮者のサン=ジョルジュがその作品の表現に深く心を動かされ指揮棒を落とし涙を流すと、楽員に感動が伝播し練習が止まってしまったという逸話が残されています。確かにルデュックの緩徐楽章には深く静かに、祈りのように心に余韻を残す作品があります。

【コンセール・スピリテュエルの会場があったチュイルリー宮殿(1871年のパリ・コミューンで消失)】


[シモン・ルデュックのシンフォニーを聴く]

シンフォニー(第3番)変ホ長調


 ルデュックの3曲のシンフォニーではオーボエは使われず、2本のフルート、2本のホルンと弦楽器から成っています。フルートの響きが、清純で明るい響きをもたらせてくれます。シンフォニー3曲は同時に出版されたのではなく、弟のピエール・ルデュックの出版社より1776年と没年の77年に出版されました。

 静かに期待の膨らむ序奏から続く主部は次々と楽想がわき上がり、流れの中で細切れに大胆に場面を展開してゆきます。ルデュックの死の翌年に〈コンセール・スピリテュエル〉でモーツァルトが演奏したシンフォニーKV286(300a)を想わせるものがあり、「パリのモーツァルト」というルデュックの異名にも確かに頷いてしまいます。
 第1楽章中間の展開部は、疾風怒濤のごとく激しい情熱が吹き荒れます。第2楽章は、上で触れたシュヴァリエ・ド・サンジョルジュが涙した作品で、流麗な転調、C.Ph.Eバッハゆずりの多感様式的な内に込められた情念が感動を誘います。第3楽章は晴れやかなロンドですが、やはり大胆な中間部をもち、弦楽器の刻みが効果を上げ華やかに曲を閉じます。

(2015.2.9)


【関連動画】

シモン・ルデュック:シンフォニー (第3番) 変ホ長調

バイエルン室内フィルハーモニー、ラインハルト・ゲーベル(指揮)☆